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漫画家「なかせよしみ」がちょっとまとまった文章を公開するためのブログ

「創作同人2022年7月」レビュー

2022年7月18日に第19回目の創作同人電子書籍いっせい配信企画「創作同人2022年7月」に今回は現時点(7月18日)で10名の作家さんによる11書籍がエントリーしています。 

togetter.com

私と砂虫さんの本を発行している「まるかふぇ電書」からの今回「いっせい配信」のエントリー作品はこちらでした。

睡眠時空での加賀理さん 竜の飼い方教えます22
画像クリックでサンプルページが見られます

 

今回も他の作家さんによるエントリー本の紹介文とレビューを書いてみたいと思います。

2022/07/18

<紹介>
「あーっ知ってる!わざとぶつかってくるオッサンでしょ」

三途川獄(さんずがわたけ)はどこにでもいる時代に取り残された普通の「バーバ(お婆ちゃん)」。彼女の大事な孫娘とその友達たちが「ダンガンマン」と名乗る自分勝手な大人が引き起こす事件に巻き込まれた。
孫に救いの手を差し延べる祖母だが、しかしてバーバの正体は…。

仏教神話の地獄伝説を交えた変身ダークヒーロー(ヒロイン?)が悪をこらしめる、アクションオカルト読み切り漫画。
第19回いっせい配信「創作同人2022年7月」合わせの電子書籍書き下ろし作品。

<なかせ評>
話の流れは単純明快な勧善懲悪ストーリー。しかし、ヒーローアクションものとして必要なポイントがしっかり押さえられている。悪役の懲罰シーンは悪事に見合う凄惨さが描かれていました。
バーバはお経を唱えて変身し、変身後はお経が書かれた全身タイツ姿という微妙なとりあわせ…それなのに変身シーンもバトルアクションも凄くかっこいい。
表紙絵は作中のバーバの顔アップシーンを着彩しただけの絵ですが、画面構成もあいまってとてつもないインパクトを醸し出しています。電子配信ストアのサイトでは同日に配信された作品の表紙絵が一覧表示されますが、その中で群を抜いてひときわ目を引きました。

仏教を題材にした漫画を多く手がけてられる作者さんで、この作品でもそれをヒーロー設定に大きく盛り込んでいます。悪役の設定も自分を「正義」と思い込み、ヒーロー名を名乗ってヒーローソングを歌いながら悪事を働く、という予断がない作り込み。
作者の熱い思い入れが伝わる作品です。

<蛇足>
あえて一点だけ難を言うなら、パワーバランス的にヒーローが悪役に少し勝りすぎていました。
超常的な力で悪役の悪事をすべて帳消しにしている点は良かったのですが、悪役との直接戦闘が一瞬すぎてちょっと残念。もう少し、ヒーローと悪役の力量が拮抗させて、両者のつばぜり合いを見せてほしいと感じました。その方が多分ドラマ的に盛り上がり、悪役の懲罰シーンを読者も身近に感じられたように思います。

バーバ

2022/07/19

<紹介>
「うちの犬はでかすぎてもはや身動きも取れない」

お絵描きをしていると猫のように膝に乗って邪魔しにくるコハちゃん。
しかし、その体重は18.5kg。

ボーダーコリーの「小春」との暮らしを描いたシリーズの第3集。
2020年〜2021年にかけて小春が1歳〜2歳3ヶ月の話を1〜2ページ漫画で9編収録。
2022年5月のCOMITIA140にてUMIN’S CLUBより発行の自主出版誌を一部カラーページ化して電子書籍化。

<なかせ評>
丁寧な描画で愛犬との暮らしの日常、気づき、事件を描くペット漫画集。
すっきりした描線の絵にも小春に寄せる作者の愛情が宿っている。
犬の距離感と体温と重量がダイレクトに読者に伝わります。

<蛇足>
もう少し客観的な情報も記載した方がいいのではないかと思う箇所も。
例えば最後のページの肛門腺の世話で、ほぼ毎日やっていたら獣医に「やりすぎ」と指摘された件。「やりすぎる」とどういう「弊害」がおきるのかを欄外の文字書きででもいいので、一言説明があれば読者の知的好奇心も満たせる漫画になるだろうな、と思いました。

本日も小春日和。

2022/07/20

<紹介>
「聴いても良さを理解できないまま通り過ぎてしまいそうで」

高校生の彼はCD屋でジャケットが気に入っても購入する勇気が湧かなかったCDがあった。しかし、クラスにそのジャケットを手にしてCDに聞き入っている女子がいた。 数年後、成長したその女性と再会した彼は付き合うようようになり、2人一緒に初めてそのCDの音楽を耳にする。

2〜6pの短編漫画集。 新潟・東京・みちのくのコミティア参加の際のサークル「千秋小梅うめしゃち支店」無用配布ペーパー用に描き下ろし、および、新潟コミティアの50回開催記念本や合同誌「叙情派ひとつ(発行:メタパラダイム)」に寄稿の作品を7編収録。

<なかせ評>
実在のCDや漫画をベースに想像を広げたエピソードや会話の作品も数点あり、どちらかと言うと作者の個人的な心象風景中心に描かれたような作品集ですが、読者の共感も呼びおこします。
特に同人イベントのサークル参加者が主人公で、「サークルスペースからビッグサイトの天井を見上げる」という設定のお話「天井」はサークル参加経験者なら100%共感できるでしょう。

作家さんが自身のインナーワールドをどのように読者に伝えるかという試みが様々展開されていて、まとめて読むのは面白かったです。

<蛇足>
本の冒頭の「肌になじむ場所」は、2015年に発行された「A FROZEN GIRL A BOY IN LOVE」をみちのくコミティアで販売時にペーパーに載せた漫画とのことで、実は「A FROZEN GIRL…」を読んでいないと理解が難しい。
「A FROZEN GIRL…」は2017年に配信された電子書籍「Long Long Journey」に収録されているので、あわせて読むことをオススメします。

うめしゃち握り

2022/07/21

<紹介>
「人間はおろかだ 砂丘のデコポコリンのためにバスに片道40分揺られるとはな」

位置情報連動アプリゲームのレアキャラを求めて砂丘に訪れた「さらこ」と同行する一見人間だが実は干物の化身「するめさん」が繰り広げるカンバセーション漫画。

本編15ページ&オマケ漫画4ページの2編構成。 2022年5月のコミティア140にて「突撃蝶々」より発行の自主出版誌を電子書籍化。

<なかせ評>
さらこさんの酒のアテだったスルメイカが超常現象で人の姿になり、さらこさんにつっこみを入れながら2人でアプリゲームで砂丘をウロウロする不思議なお話。

なんで、こんな漫画がが生まれたんだろうと思ったら巻末のあとがきの「もともとこれはレポート漫画」という説明で謎は氷解。
なるほど、「さらこさん」とはすなわち「沢湖さん」。スルメもまたイカを自画像に描き、イベントでサークルから発行する「するめ速報」とタイトル書きする作者さんご本人。これはゲームアプリにつられて砂丘に行きながらアレコレ考える自分とそれを冷めた目線で客観視している自分という二人連れ道中記なんですね。

<蛇足>
実は私もいま、頭の中に湧いた「対話」のネタを一つ抱えていて、これをどうすれば漫画にできるか頭を捻っているところですが、その優良解の一つを山名さんにしかできない形で見せ付けられているようで、感服しました。

砂丘するめさん

2022/07/22

<紹介>
"Flat rate 100 yen , without regard to distance"

"Kaka Island" is a ward of the "Island Ward System" in the 22nd century , self-sufficient inside with local production for local consumption food and renewable energy . This book Introduces the vehicles used for transportation in this ward.

Science fiction manga written like an essay .
A self-published magazine published by the circle "Metaparadigm" in 2011 containing 7 manga published in "Comic Fantasy" (Shiro Enomoto's private edition) and other drawings .
Digitized in 2015 and translated to English in July 2022.

「この乗り物は距離に関係なく1日百円程度です」

22世紀に地産地消の食料や再生可能なエナルギーを自給自足する「島区」のひとつ「カカ島」。ここで移動手段として用いられる乗り物を紹介。

エッセイ風SFマンガ。『コミックFantasy』(榎本司郎私家版)に掲載のマンガ7編にイラスト絵を交えて収録した2011年2月にメタパラダイムより発行の自主出版誌を2015年に電子化、2022年7月に英訳版を配信。

<なかせ評>
「カカ島区乗り物ファイル」の英訳版

https://m.media-amazon.com/images/I/51bQCTrcvgL._SY346_.jpg 

https://www.amazon.co.jp/dp/B00V7KCU82

 

人力と再生可能エネルギーで中距離および遠距離の移動をこなすため、様々な装置を考案されている作者さん。更にそれを彩り豊かなストーリー仕立ての漫画で披露されていて、底知れない情熱が伝わってきます。

効率的なエネルギー活用と情報機器の連動による将来的な可能性を示唆するアイデアも多く、考えさせられます。また、少しの「不便さ」を受け入れることで持続可能なシステムが構築できる面も示しているのも評価が高いです。

<蛇足>
耐久性とかメンテナンス面を考えると幾分「これは大丈夫?」と思えるアイデアもあり、ちょっとファンタジー成分強い目の作品のように感じる読者も多いのではないかと思います。
でも、実はこの作中に出ている異様な形状の自転車を一台、この作者さんは実際に作られて使っていることを私は知っています。それだけでこの本に示されているアイデアの「現実味」が大分違って見えてくるので、そういう情報も盛り込んだ方が作者さんの意図に沿うのではと思いました。

英訳については前作の「生活読本」と同様に「日本語でもともとなにが書かれていたか」を考えないと話の流れがみえない部分が所々ありましたが、今回は比較的読みやすくなっている気がします。

一点、改めた方がいいと思ったのは「鉄」の英訳。「Iron」と書かれていますが、これは鋳物などに使う炭素含有量がひくくて脆い鉄のことです。乗り物やレールを作る際に使う鉄は炭素含有量が多くて強靭な「Steel(鋼)」です。

(このレビューをご覧になった作者さんは7/23日に「iron」を「steel」に修正した改定バージョンが登録された模様です)

Eco-friendly Vehicles in Kaka Island in the 22nd century (English Edition)

 

 

2022/07/23

<紹介>
「スティクスと無限工作社の間で交わされた契約の中身を知りたいの」

2人の涼子と2人の美由たちの会合がはじまった。 スティクスと対抗するためプロンテンスの涼子は自分の持っている無限工作社の情報を提示するというが…。

「無限工作社」の謎を追い宇宙を駆けるジャーナリスト鎹涼子を描く長編ハードSF「人類圏」シリーズの「氷の惑星」編の第17編。付録「歴史の読み方」も収録。
2022年2月コミティア139にて「人類圏」より発行の自主出版誌を電子書籍化。

<なかせ評>
同じ顔同士で2ペアの会合がはじまる。
その裏でリカオン、プシュケそしてニュートがそれぞれ別個に暗躍する。個々のキャラクターを追って心情や行動目的の伏線を敷きまくる回で、続刊の展開への期待が大いに高まります。

「デート」と称して2人で温泉につかっているプシュケとニュートの絵面がかわいい。

タバコの「禁煙」というものが成立した背景を論じた巻末付録の「歴史の読み方」の文章も大変興味深かい。

<蛇足>
タバコと健康の論議については実は私も述べたい話があります。
日本では20歳未満の喫煙が法的に禁止されていますが、実のところ喫煙による身体的ダメージは20歳の前を後ではなんら変わりはない。ただ、タバコには依存性があり、これに打ち勝つには強い自我が必要で、それが育つ前の20歳はタバコから遠ざけるべき…という論で決められた法です。 しかし、ご存知の通り昨今、日本ではその「成人年齢」は引き下げられ、自らを律することができる自我は18歳で確立するとされています。それなのに喫煙年齢は20歳のまま。
この決まりには「健康」などという論理的な理由より歴史的な経緯の方が働いていることは明確で、この結論ではこの本の作者さんと同じではないかと思います。

地球文書

2022/07/24

<紹介>

「なんだそれ?」「これは抗体です。ワクチンビーム」
感染症の波に流されそうになっていた魔王は魔法使いルーコよりワクチンを受け、波より一段高い足場(抗体)を手に入れた。

コロナおよびワクチンを題材に描いた漫画を中心にあつめた作品集。
収録タイトル
1,毒と薬 6p
2,涅槃旅行 11p
3,抗体台地 12p
4,子供時代 4p
5,わく珍師匠 10p

2021年にマンガ投稿サイトに掲載の作品、2022年5月の関西コミティア64にて「まり王」より発行の自主出版誌収録作品を全ページカラー化して収録。日本語版と英訳版を合本。

<なかせ評>
独特の解釈と表現でワクチンや抗体を解説した作品中心に構成された作品集。 細かい説明はないので「これは一体何を表現してるの?」と首をかしげる部分もありますが、全体的に彩りが豊かで、ページを繰っていくだけで楽しい気分になれます。

魔王が友人の亡き後、その幽霊とともに旅行して49日間をすごす「涅槃旅行」は風景描写が細やかで美しく、心にしみました。

「抗体台地」ではワクチンを拒む反ワクチン派が知らなうちにワクチンを打っている者に助けられる(知らないから恩も感じてない)状況が描かれていますが、それを見て「よかったね」と微笑む魔王が好印象。

<蛇足>
「毒と薬」を構成する3つの2p漫画はマンガ投稿サイトではそれぞれ見開きに表示されていましたが、Kindle版ではページ繰りを跨いだ形になっています。見開き3枚の方が3作を対比しやすかったので、台割りを調整したほうがよかったんじゃないかな?…と思いました。

魔王のホライゾンシネマ 5: 混乱世界

2022/07/25

<紹介>
「なんだあのバケモンは!!あの円盤は直径200kmあるんだぞ!!」

1000km級の軍艦が発着する天府の航宙基地で暇をもて余していた兵士たちが目にしたのは自軍の円盤を軽々と鼻で握りつぶすマンモス。これが太陽系戦争の開戦だった。

天府が支配する死後の者たちが集まる世界で目覚めた少年 ギンガは反天府軍に加わり戦う。電子書籍配信にて描き下ろしのSFテイストの長編ファンタジー・バトル漫画の第5巻。

<なかせ評>
天府組織と「人類、動物、幽魔」連合軍が全面的に太陽系をまたにかけての対決。

動物たちは巨大化して天府の軍事拠点を次々に襲撃。天府は惑星などの天体に潜む「天体星霊」を繰り出して反撃。反天府側もこれに負けず応戦。
天体より生み出される星霊のデザインや出現シーンの描画が独特で創造的でした。

この漫画の主人公「ギンガ」の存在感が少し薄かった今回の巻。それだけにこの先どのよう活躍が見られるかに期待が集中します。

<蛇足>
昨年の3月に配信された4巻まではKindleでの有料配信で描き下ろし公開でしたが、 1〜4巻を先月の2022年6月にKindle無料マンガに移行された模様。

www.amazon.co.jp今回の第5巻はKindle無料マンガにて描き下ろし公開となっています。

描き下ろしのシリーズが毎巻6話(各話16〜18p)ずつの総集で配信になっていますが、 この分量を書き溜めるモチベーションをこの作家さんはよく維持されているなぁ、と驚嘆します。
各話ごとに分割して公開された方が読者へのアピールチャンスが増えるようにも思いますが、作品の発表形態は作家さんの専権事項ですし、このスタイルでの執筆が実際に粘り強く継続されているわけなので、他者が口を挟むべきことではないかもしれません。

MYMYTH 5

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私のレビュー中の<紹介>の部分には、それぞれの本の電子書籍ストアでの「内容説明」の文章を「私ならこういう書く」と思う内容で書かせていただきました。電子配信をされている作家さんはよければご参考にして下さい。